植物生理学分科・年報

京都大学大学院 理学研究科 生物科学専攻 植物学教室・年報(2019 年度)

研究内容の概略

植物は、複数の光受容体(タンパク質)を使い分け、光を貴重な「情報源」として巧みに利用している。当研究室では、フィトクロム(phy)、フォトトロピン(phot)などの光受容体(下図)が様々な生理現象を制御する分子機構について、主にモデル植物であるシロイヌナズナを材料に、分子・細胞レベルの研究を進めている。また、これらの過程に対する葉緑体シグナルの関与についても研究を行っている。さらに、これまで実験室内で明らかにされてきた光応答が、野外の自然環境下でどのように実現されているかに興味をもち、生態学的視点からの研究も開始した。以下、最近の成果を中心に紹介する。

figure 1
図1 植物の代表的光受容体の光吸収スペクトル

A. 光受容体の構造とシグナル伝達機構

背景

我々は、赤/遠赤色光の受容体であるphyや青色光受容体であるphotoの構造やシグナル伝達機構に関わる研究を長年に渡り進めてきた。本年度の成果を中心に以下に紹介する。

1. フォトトロピンの細胞内シグナル伝達機構

フォトトロピン(phot)は、光合成の効率化と密接に関わる「植物の運動(光屈性・葉緑体定位運動・気孔開口)」を制御する。我々は、(1)phot情報伝達機構の解明、に加え(2)photを利用した光操作技術の開発も行っています。

(1) phot情報伝達機構の解明
植物は、光エネルギーを効率的に獲得し、より良く成長するため、細胞・組織・個体レベルで光に巧みに応答して運動している。この運動を光の強度や方向に応じて制御するのが青色光受容体photである。青色光照射後、(a)どこでphot 分子は青色光を受容し、(b)その受容した情報をphot分子内でどのように伝達して、(c)どんな因子に情報伝達しているのかを一つずつ明らかにしたいと考えている。
(a) シロイヌナズナ黄化芽生えの光屈性では、胚軸上部約1 mmの範囲内で光受容と屈曲が生じることを生理学的解析によって明らかにし、単子葉植物との比較を行った(Yamamoto et al., 2014)。また、2分子種あるphot(phot1、phot2)のうち、phot2が青色光照射によって速やかに細胞膜からゴルジ体に局在変化することを見出した(Kong et al., 2006)。この局在変化が「植物の運動」においてどのような意味を持つのか明らかにするため解析を進めている。
(b) photの分子内情報伝達様式を明らかにする目的で、ハイスループットな酵母解析系を新たに確立し解析を行った。その結果、暗所でのキナーゼ活性の抑制を行うのに重要な新規領域(A’α領域)の存在を明らかにした(図2参照)。この研究では、これまで非常に困難であった全長photを高度精製することに世界で初めて成功した(Aihara et al., 2012)。
(c) 独自の解析法にてphotと相互作用する因子の取得に成功した。現在、それら因子の役割と機能について詳細に解析を進めている。

(2) photを利用した光操作技術の開発
生命機能のメカニズムを明らかにするための強力なツールとして、タンパク質等の機能を光で制御する光操作技術が盛んに開発されている。我々は、フォトトロピンを利用して、植物・酵母・動物細胞などの生体膜機能を青色光で制御できる技術の開発を目指している。

figure 2
図2 フォトトロピンの分子内情報伝達様式

2. フィトクロムのシグナル伝達機構

フィトクロム(phy)は、発芽から花芽形成まで植物の生活環の様々な場面で広範囲の生理現象を制御する。暗所から明所への移行に伴う光形態形成、光が遮られた場合に見られる避陰応答などがその典型的な応答である。我々は、フィトクロムA (phyA)分子の特殊機能獲得や、避陰応答の空間構造に関する研究を進めてきた。

phyAの高光感度化
phyAは高光感度受容体として機能し、超低光量応答(VLFR)や遠赤色光高照射反応(FR-HIR)を制御している。我々は、低感度型であるphyBとphyAのキメラタンパク質を植物体で発現させその性質を調べてきた(Oka et al., 2012など)。特に最近では、phy分子内の”舌”構造内にアミノ酸置換変異を導入し(図3)、3つのアミノ酸残基が高光感度化に寄与することを突き止めた。現在、これらのアミノ酸置換とフィトクロム分子の進化の関係について研究を進めている。

figure 3
図3 フィトクロム分子内の“舌”構造

B. 個体レベルの光応答における時空間的制御機構の解析

背景

植物の個体レベルの光応答は、組織/器官間シグナル伝達を含む時空間制御システムにより制御されていると考えられる。我々はその実態を明らかにすべく、避陰応答や光刺激によるフック解消を題材に研究を進めている。以下、最近の成果を記す。

避陰応答の空間構造の解析

(1) 微細組織片遺伝子発現解析
陰刺激を与えたシロイヌナズナ芽生えより、維管束を含む領域と含まない領域から微細組織片を採取し、さらに単離維管束試料を加え、発現が上昇する遺伝子をRNA-seq法により網羅的に解析した。その結果、(1)多数の新規避陰応答遺伝子が維管束特異的な応答を示す事、(2)維管束においては、これらに加えて多数のオーキシン応答性遺伝子が応答していることなどが分かった。現在、これらの発現応答の生理学的意義などについて解析を進めている。

(2)微光速照射法による解析
(1)の解析により、オーキシン応答性遺伝子の発現誘導は維管束でより顕著なのに対して、この原因となるオーキシン合成遺伝子の発現誘導は、主に葉肉/表皮組織で特異的に起こることが明らかになった。そこで、微光速照射による局所的な刺激の効果を調べたところ(図4)、維管束におけるオーキシン応答には局所的刺激では不十分で、より広い領域の照射が必要なことが示された。

figure 4
図4 子葉の微光束照射

C. GUNプラスチドシグナルの機能と進化

宿主真核細胞に細胞内共生した光合成細菌は、葉緑体となる過程で、それ自身の機能や分化状態を細胞核に伝達し、必要な遺伝情報を核ゲノムから効率良く受け取る仕組(プラスチドシグナル)を作り出した。種子植物シロイヌナズナでは、葉緑体内のクロロフィル合成やタンパク質合成、光合成電子伝達系の働きがシグナルとなって、GUN(Genomes Uncoupled)タンパクを介して核に伝わり、遺伝子発現が調節される。これにより、植物は葉緑体を最適な状態に保ち、環境に適応する。本プロジェクトではシロイヌナズナを主な材料として、プラスチドシグナル伝達機構の解明を目指している。

(1)プラスチドシグナル伝達機構において中心的な役割を果たすGUNGUN1-GUN6)遺伝子について、シロイヌナズナ突然変異体や過剰発現体を用いた遺伝学的解析をすすめている。また、組換えタンパクを用いて、シグナル伝達の分子機構を調べている。さらに、突然変異体スクリーニングにより、シグナル伝達に関わる新たな因子の単離をしている(図5A)。
(2)GUN1はPPR(Pentatricopeptide Repeat)モチーフをもつタンパクであり、他のPPRタンパクと同様に、植物が陸上化する直前、シャジクモ類で出現した。GUN1を持たない原始紅藻類でもプラスチドシグナルが働いているが、GUN1の出現によってこのシグナル伝達は大きく変化したと考えられる。さらに、GUN1は葉緑体内のさまざまなタンパクや低分子化合物と相互作用し、またRNA編集にも関わる多機能性タンパクであることが最近分かってきた。シャジクモ類や基部陸上植物のゼニゴケGUN1をシロイヌナズナに導入したり、シロイヌナズナGUN1との分子キメラを用いた分子構造と機能を比較することで、プラスチドシグナルの進化と植物の陸上進出との関係について研究を進めている(図5B)。

figure 5
図5 GUNプラスチドシグナルの進化と植物の陸上化

D. 自然条件下における光応答

背景

植物の光応答を本当の意味で理解するためには、それが形作られ実際に機能する場である自然環境下における実態を知る必要がある。そこで我々は、本学の生態学研究センター・工藤洋教授らの協力を受け、シロイヌナズナと近縁なハクサンハタザオを対象とする野外研究をスタートした(図6)。

figure 6
図6 野外のハクサンハタザオ

1. 自然条件下における光環境測定

野外において時々刻々と変化する光環境をモニターする手法を確立するため、ハクサンハタザオ生育地で、照度レコーダーや携帯型分光照射照度計などを用い基礎データを収集した。次に、これらをの結果を総合し、ハクサンハタザオが生育する環境において、赤遠赤色光(RFR)、遠赤色光強度(F)、青色光強度(B)などの個々の光受容体と対応したスペクトル成分がどのように変化するかを明らかにした(図7)。

figure 7
図7 野外光スペクトル成分の3Dプロット

2. ハクサンハタザオの野外採取個体の継代栽培と観察

野外のハクサンハタザオ集団は遺伝的な多様性をもつ。そこで、野外の多数の地点から植物を採取し、それを室内で同一条件で栽培・クローン繁殖した時に、光応答が関わるような形態や生理応答がどの程度異なるかを観察した。その結果、葉柄長や花芽形成のし易さについて、遺伝的と考えられるバリエーションが存在することが分かった。現在、これらの表現型と光環境との関連について解析を進めている。

最近の主な発表論文

  1. Shimizu T, Kacprzak SM, Mochizuki N, et al. (2019) The retrograde signaling protein GUN1 regulates tetrapyrrole biosynthesis. Proc Natl Acad Sci U S A 116, 24900-6.
  2. Kacprzak SM, Mochizuki N, Naranjo B, et al. (2019) Plastid-to-Nucleus Retrograde Signalling during Chloroplast Biogenesis Does Not Require ABI4. Plant Physiol 179, 18-23.
  3. Kim S, Mochizuki N, Deguchi A, Nagano AJ, Suzuki T, Nagatani A (2018) Involvement of auxin in intra-organ regulation of gene expression responses to the shade stimulus. Plant Physiol 177, 847-62.
  4. Qiu Y, Pasoreck EK, Reddy AK, Nagatani A, Ma W, Chory J, Chen M (2017) Mechanism of early light signaling by the carboxy-terminal output module of Arabidopsis phytochrome B. Nat Commun 8(1):1905.
  5. Bowman JL et al. (2017) Insights into Land Plant Evolution Garnered from the Marchantia polymorpha Genome. Cell 171, 287-304e15.
  6. Page MT, Kacprzak SM, Mochizuki N, Okamoto H, Smith AG, Terry MJ (2017) Seedlings lacking the PTM protein do not show a genomes uncoupled (gun) mutant phenotype. Plant Physiol 174(1):21-26.
  7. Dietrich D et al (2017) Root hydrotropism is controlled via a cortex-specific growth mechanism. Nat Plants 3:17057.
  8. Ibata, H., A. Nagatani and N. Mochizuki (2016) CHLH/GUN5 Function in Tetrapyrrole Metabolism Is Correlated with Plastid Signaling but not ABA Responses in Guard Cells. Front Plant Sci., 7:1650.
  9. Jeong, A.R., S.S. Lee, Y.J. Han, A.Y. Shin, A. Baek, T. Ahn, M.G. Kim, Y.S. Kim, K.W. Lee, A. Nagatani and J.I. Kim JI (2016) New constitutively active phytochromes exhibit light-independent signaling activity. Plant Physiol., 171(4):2826-2840.
  10. Endo, M., T. Araki and A. Nagatani (2016) Tissue-specific regulation of flowering by photoreceptors. Cell. Mol. Life Sci., 73(4):829-39.
  11. Nagatani A, Mimura T. (2015) Editorial: Emerging technologies for the study of plant environmental sensing. Plant Cell Physiol., 56(7):1249-1251.
  12. Takahashi, K., T. Kozuka, A. Anegawa, A. Nagatani and T. Mimura (2015) Development and application of high resolution imaging mass spectroscope for the study of plant tissues. Plant Cell Physiol., 56(7):1329-1338.
  13. Kajiyama, T., A. Fujii, K. Arikawa, T. Habu, N. Mochizuki, A. Nagatani and H. Kambara* (2015) Position-specific gene expression analysis using a microgram dissection method combined with on-bead cDNA library construction. Plant Cell Physiol, 56(7):1320-1328.
  14. Nito, K., T. Kajiyama, J. Unten-Kobayashi, A. Fujii, N. Mochizuki, H. Kambara and A. Nagatani (2015) Spatial regulation of the gene expression response to shade in Arabidopsis seedlings. Plant Cell Physiol. 56(7):1306-1319.
  15. Tomiyama, M., S. Inoue, T. Tsuzuki, M. Soda, S. Morimoto, Y. Okigaki, T. Ohishi, N. Mochizuki, K. Takahashi, and T. Kinoshita (2014) Mg-chelatase I subunit 1 and Mg-Protoporphyrin IX methyltransferase affct the stomatal aperture in Arabidopsis thaliana” J. Plant Res. 127:553-63
  16. Mano*, S., T. Nakamura, M. Kondo, T. Miwa, S.I. Nishikawa, T. Mimura, A. Nagatani and M. Nishimura* (2014) The Plant Organelles Database 3 (PODB3) update 2014: Integrating electron micrographs and new options for plant organelle research. Plan Cell Physiol., 55:e1
  17. Sharma, S., E. Kharshiing, A. Srinivas, K. Zikihara, S. Tokutomi, A. Nagatani, H. Fukuyuma, R. Bodanapu, R. K. Behera, Y. Sreelakshmi and R. Sharma* (2014) A novel mutation in the N terminal region of LOV2 domain impairs phototropin1 signaling in tomato. Plant Physiol. 164:2030-44.
  18. Okajima, K., Y. Aihara, Y. Takayama, M. Nakajima, S. Kashojiya, T. Hikima, T. Oroguchi, A. Kobayashi, Y. Sekiguchi, M. Yamamoto, T. Suzuki, A. Nagatani, M. Nakasako* and S. Tokutomi* (2014) Light-induced conformational changes of LOV (Light Oxygen Voltage-sensing domain) 1 and LOV2 relative to the kinase domain and regulation of kinase activity in Chlamydomonas phototropin. J. Biol. Chem., 289:413-422
  19. Ibata, H., A. Nagatani and N. Mochizuki* (2014) Perforated-tape epidermal detachment (PED): A simple and rapid method for isolating epidermal peels from specific areas of Arabidopsis leaves. Plant Biotechnol.30:497-502.
  20. Endo*, M., Y. Tanigawa, T. Murakami, T. Araki* and A. Nagatani* (2013) PHYTOCHROME-DEPENDENT LATE-FLOWERING accelerates flowering through physical interactions with phytochrome B and CONSTANS. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110:18017-18022
  21. Kong*, S.-G., T. Kagawa, M. Wada and A. Nagatani* (2013) A carboxy-terminal membrane association domain of phototropin 2 is necessary for chloroplast movement. Plant Cell Physiol., 54:80-92.
  22. Kozuka, T., N. Suetsugu, M. Wada and A. Nagatani* (2013) Antagonistic regulation of leaf flattening by phytochrome B and phototropins in Arabidopsis thaliana. Plant Cell Physiol., 54:69-79.
  23. Kong, S.-G., N. Suetsugu, S. Kikuchi, M. Nakai, A. Nagatani and M. Wada* (2013) Both phototropin 1 and 2 localise on the chloroplast outer membrane with distinct localisation activity. Plant Cell Physiol., 54:57-68.

メンバー

(2020年4月1日現在)
  • 長谷 あきら (教授)
  • 望月 伸悦 (助教)
  • 鈴木 友美 (助教)
  • 大月 亮太 (博士課程3年)
  • 石丸 優 (修士課程1年)
  • 篠原 加奈子 (修士課程1年)
  • 佐藤 龍也 (学部4回生)
  • 佐々木 知沙 (事務補佐員)
  • 長谷川 保江 (技術補佐員)
  • 内藤 裕奈 (技術補佐員)
  • 萬木 千聖 (技術補佐員)