形態統御学分科・年報

京都大学大学院 理学研究科 生物科学専攻 植物学教室・年報(2019 年度)

研究内容の概略

1. 単一植物細胞の遺伝子発現モニター系の開発

概日時計システムは生物の計時機構を代表する普遍的なシステムである。その基盤となる概日時計(振動体)は、バクテリア、真菌、動物、植物等でそれぞれ異なった構成因子で形成されているが、どの生物においても細胞単位で発振することが基本となっている。植物細胞は光受容機構を備えるため、昼夜の情報から細胞単位で時計の時刻(針)を調節することができると考えられている。一方、植物個体内では個々の細胞時計は時空間的に制御されて働くことが期待されるが、その様式やメカニズムについては不明な点が多い。その解明を目指して、当分科では、ウキクサの仲間を材料に細胞概日リズムの測定に成功した。ウキクサは単子葉類のサトイモ科に属し、個体サイズが小さく扁平で水面に浮いた状態で成長する。この構造的特徴から個体が増殖する状態でも、その主要部分(フロンドあるいは葉状体とよぶ)の上面が常に水平かつ水面からの距離(高さ)が一定になり、植物個体を一定の条件で高解像度に観測し続けることが可能となる。これらウキクサが持つ研究材料としての特性を生かして、植物個体内の概日時計システムを単一細胞の遺伝子発現の挙動測定から解析する手法を開発した。この測定系では、パーティクルボンバードメント法により生物発光レポーター遺伝子をウキクサ個体内の細胞にまばらに導入することで、単一細胞由来の生物発光としてレポーター遺伝子発現を長時間にわたって観測できる(図1)。概日発現レポーター遺伝子を導入することで、同一個体上の細胞発現リズムが測定可能となり、単一細胞のリズムの性質の違いやバラツキなどにアプローチできるようになった(村中、小山2019; Muranaka, Oyama 2020)。さらに、この技術は他のウキクサのみならず、シロイヌナズナの切除葉にも使えることを明らかにした(Isoda et al. 2018; Kanesaka et al. 2019)。

figure 1
図1 細胞発光概日リズム測定例
AtCCA1::lucレポーターをパーティクルボンバードメント法で導入したイボウキクサ(L. gibba)の細胞発光(上)と細胞発光概日リズム(下;黒線は細胞発光の総和)。12時間暗期後連続明条件下で測定。

2. 細胞概日リズム特性と時計遺伝子の細胞自律性の解析

概日リズムの解析はリズムを生じる現象に対して、最低数日間の連続的な観測が必要となる。また、その解析より長期間測定することで、リズムの詳細な特性の分析が可能となる。発光レポーター系を用いた細胞概日リズムの長期間自動測定を目指して、自動発光モニタリング装置を改良することで、2週間以上の連続測定を可能にした(Muranaka and Oyama 2016; 図1)。イボウキクサ(Lemna gibba)の概日リズムは連続明条件でも連続暗条件でも個体全体として概日リズムの振幅の大幅な低下がおこることが知られていた。連続明条件下で個々の細胞概日リズムの概日リズムは持続するが、細胞毎の周期の違いや各サイクルの不安定性により、概日リズムが細胞間で脱同期することが明らかになった。一方で、連続暗条件下では個々の細胞の概日リズムは非常に低振幅・不安定となることを明らかにした。このような環境依存的な細胞の安定化/不安定化の程度は植物種によって異なっているが(Muranaka et al. 2015; Isoda et al. 2018)、概日時計システムが外部環境と同調的に働くための基本的な細胞の性質と考えられる。
概日時計は基本的には細胞自律的な発振装置であるが、個体内では他の細胞/組織/器官の影響をうけて、その挙動が変化することが知られている。これまでシロイヌナズナの分子遺伝学的な解析から時計発振に関わる遺伝子(時計遺伝子)が見つかってきた。時計遺伝子の機能は個体や器官レベルでみられる概日リズムの表現型に基づいて推定されていることから、これらの時計遺伝子は細胞自律的な発振装置に直接働く場合と、概日時計に関する細胞間信号伝達系など発振装置以外で働く場合が想定できる。単一細胞発光測定系において、概日発光レポーターと(時計)遺伝子を改変するエフェクターを共導入することで、遺伝子が導入された細胞のみで時計遺伝子の機能を改変し、その細胞概日リズムへの影響を評価することが可能となる(図2)。時計発振に深く関与することが知られているELF3遺伝子の破壊を目的としたRNAiやCRISPR/cas9エフェクターや機能亢進を目的とした過剰発現エフェクターを導入すると、個々の細胞の概日リズムが大きく変化することが明らかとなり、この遺伝子が細胞自律的に機能していることが示された(Okada et al. 2017; Kanesaka et al. 2019)。さらに、ELF3遺伝子は光情報伝達系とも深く関与することが知られており、これらの細胞レベルの遺伝子改変技術を使い、明暗周期に対する概日時計の同調機能も細胞自律的に行えることを実証した。また、シロイヌナズナの成熟した組織の細胞では細胞内で染色体数が増大することが知られており、CRSPR/cas9系による遺伝子破壊の効率が染色体の増大の度合いによって変わることが計算上は予想さる。成熟細胞へのCRISPR/cas9エフェクターの一過的導入による遺伝子破壊効率を、ELF3遺伝子をターゲットにした幾つかのコンストラクト(ガイドRNA)を用いることで数量的に表すことに成功した(Kanesaka et al. 2019)。効率のよいガイドRNAを用いれば染色体増大の影響は少なく、導入細胞の多くで遺伝子破壊の影響を観測することができることを実証した。この結果は数理的なモデルと対応づけが可能であり、ガイドRNA毎の破壊効率の直接推定を容易に行えるようになった(Kanesaka et al. 2019)。

figure 2
図2 ELF3遺伝子破壊用CRIPR/cas9エフェクター導入細胞の発光変動例

12時間暗期後連続明条件においたイボウキクサ(L. gibba)の細胞発光時系列。12時間暗期後連続明条件下で測定。

最近の主な発表論文

  1. T. Muranaka, T. Oyama. The application of single cell bioluminescent imaging to monitor circadian rhythms of individual plant cells. (2020) Methods in Mol. Biol.–Bioluminescent Imaging– (Springer Nature), pp 231–242.
  2. Kanesaka, Y., Okada, M., Ito, S., Oyama T. Monitoring single-cell bioluminescence of Arabidopsis leaves to quantitatively evaluate the efficiency of a transiently introduced CRISPR/Cas9 system targeting the circadian clock gene ELF3. Plant Biotech. 36, 187–193.
  3. Iguchi,H. Umeda, R., Taga, H., Oyama, T. Yurimoto, H., Sakai, Y. Community composition and methane oxidation activity of methanotrophs associated with duckweeds in a fresh water lake. (2019) J. Biosci. Bioeng. 128,450–455.
  4. 村中智明、小山時隆 植物個体内の単一細胞発光モニタリング (2019) 実験医学別冊 『発光イメージング実験ガイド』(永井健治・小澤岳昌編)pp 145–158.
  5. Isoda, S., Oyama, T. (2018) Use of a duckweed species, Wolffiella hyalina, for whole-plant observation of physiological behavior at the single-cell level. Plant Biotech. 35, 387-391.
  6. Okada, M., Muranaka, T., Ito, S., Oyama, T. (2017) Synchrony of plant cellular circadian clocks with heterogeneous properties under light/dark cycles. Sci. Rep. 7, 317.
  7. Muranaka, T., Oyama, T. (2016) Heterogeneity of cellular circadian clocks in intact plants and its correction under light-dark cycles. Sci. Adv. 2, e1600500.
  8. Muranaka, T., Okada, M., Yomo, J., Kubota, S., Oyama, T. (2015) Characterization of circadian rhythms of various duckweeds. Plant Biol. 17, 66-74.

2019 年度学位論文

修士論文

  • 今中 和樹「プロクロロコッカスにおける概日時計因子KaiBの機能分化」

メンバー

(2020年4月1日現在)
  • 小山 時隆(准教授)
  • 伊藤 照悟(助教)
  • 大坪 真樹(研究補助員)
  • 芝野 郁美(研究補助員)
  • 上野 賢也(博士後期課程3年)
  • 磯田 珠奈子(博士後期課程2年)
  • 中村 駿志(博士後期課程2年)
  • 羅 迪(Luo Di)(国費留学生)
  • 吉永 彩夏(修士課程2年)
  • 渡邊 絵美理(修士課程2年)
  • 上野 稜平(修士課程1年)
  • 米田 英正(学部4回生)
  • 北山 七海(学部4回生)
  • 橋本 祐也(学部4回生)
  • 伊藤 有希乃(教務補佐員)