形態統御学分科・年報(2020年度)
研究内容の概略
太陽光からエネルギーをえる植物は太陽の動きで生じる昼夜環境変動に対してうまく適応しなければならない。生物時計の一種である概日時計はその適応的な形質の一つとして捉えることができ、生物時計が示す時刻をうまく利用することで植物は変動環境のなかで生き抜いている。当分科では、植物の概日時計システムにおける階層性、時刻情報伝達様式、さらに時計合わせや時計の利用法を対象に、分子、細胞から個体、生態レベルまで多彩な視点から研究を進めている(図1)。また、小さいながらも多彩な生理学的側面を見せるウキクサ植物を材料として利用する点と生物発光レポーター系を駆使した実験をする点が当分科の特徴としてあげられる。

1. 単一植物細胞概日リズムから見えてくる植物概日時計システム
概日時計システムは生物の計時機構を代表する普遍的なシステムであり、植物においても光エネルギー利用の最適化など非常に重要な役割をもっている。その基盤となる概日時計(振動体)は、バクテリア、真菌、動物、植物等でそれぞれ異なった構成因子で形成されているが、どの生物においても細胞単位で発振することが基本となっている。植物細胞は光受容機構を備えるため、昼夜の情報から細胞単位で時計の時刻(針)を調節することができると考えられているが、植物個体内では個々の細胞時計は近接細胞間相互作用や長距離時刻情報伝達などを介して時空間的に制御されて働くことが想定されている。当分科では、ウキクサの仲間を材料に個々の細胞時計の動き(つまり細胞概日リズム)の測定に成功した。ウキクサは単子葉類のサトイモ科に属し、個体サイズが小さく扁平で水面に浮いた状態で成長する。この構造的特徴から個体が増殖する状態でも、その主要部分(フロンドあるいは葉状体とよぶ)の上面が常に水平かつ水面からの距離(高さ)が一定になり、植物個体を一定の条件で高解像度に観測し続けることが可能となる。これらウキクサが持つ研究材料としての特性を生かして、植物個体内の概日時計システムを単一細胞の遺伝子発現の挙動測定から解析する手法を開発した(図2)。この測定系では、パーティクルボンバードメント法により生物発光レポーター遺伝子をウキクサ個体内の細胞にまばらに導入することで、単一細胞由来の生物発光としてレポーター遺伝子発現を長時間にわたって観測できる。同一個体上でも単一細胞のリズムの性質は細胞間でバラつく他、同一細胞でも連続条件下でのサイクル毎のバラツキが非常に大きくなることを定量的に示してきた(Muranaka & Oyama 2016)。一方、まばらな細胞発光概日リズムの測定では、個体・組織内、あるいは成長部位での概日リズムの全体像を把握するのが困難である。概日発光リズムを示す形質転換ウキクサ(コウキクサ:Lemna minor)を材料に、増殖する植物個体における概日リズムの自律的な秩序形成にアプローチした(図3、Ueno et al. 2021)。連続明条件下では、位相(時計の時刻)の空間パターンの初期状態を出発点に、細胞時計間の局所的なカップリング(お互いの時刻を揃えようとする作用)がおこることで、それ以降の動的な位相パターンが生じることを明らかにした。さらにカップリングの程度が発生に伴い低下していくことを仮定すれば、発生/成長を伴う様々な概日リズムの秩序形成様式を説明できることを示した。局所的な細胞時計間の相互作用(カップリング)の動態が植物個体内の概日リズムの秩序形成の基本となることを提案している。

明視野像(左)と生物発光像(右)。バーは2 mm。

色はその領域が示している概日時計の位相を表している。このフロンドは明暗条件など外部環境変化を一度も受けておらず、自発的に生じた位相パターンであり、時間の経過とともに動的に変化する。
植物個体内で細胞間の時刻情報のやり取りを含む自律的な時計の制御機構については、原形質連絡などを介した細胞間の物質のやり取りが重要であると想定されているが、情報を受けた細胞内でのどのような変化が細胞時計に影響をあたえているかについては全く理解が進んでいない。当分科では、同一細胞内で発光色の異なる2つのレポーター遺伝子を発現させ、それらの発光時系列データを同時に取得できる実験系を確立した(図4、Watanabe et al. 2021)。時計遺伝子CCA1のプロモーター下で発現させたホタルのルシフェラーゼ(LUC: 黄緑色発光)と植物での過剰発現に頻用されるウィルス由来のCaMV35Sプロモーター下で発現させた色改変ルシフェラーゼ(PtRLUC: 橙-赤色発光)を用いた。CaMV35S:LUCの発光が概日リズムを示すことは当分科の研究で明らかになっていた(Muranaka et al 2015)。これらの2つの概日リズムは同一細胞で異なる周期を示すなど発光挙動に違いが見られるのみならず、同一個体内で位相関係(2つの”時計”の時刻の違い)が細胞毎に異なっていた。これらの現象は2つの発光リズムは同一細胞内で直接リンクしていないことを示している。時計遺伝子CCA1プロモーターの細胞発光リズムが時計遺伝子群で構成された細胞時計の挙動を表す一方で、CaMV35Sプロモーターによる細胞発光リズムは細胞時計の直接的な下流(出力)ではないことが考えられる。後者のリズムが生じるメカニズムは不明だが、その細胞周辺の平均的な概日リズムを示している可能性が考えられている。つまり、ある細胞内で自身の時計の時刻情報と周囲の細胞の時刻情報が共存していることを示唆しており、この実験系が細胞間の時刻情報伝達様式解明の糸口になると期待される。

明暗同調を経験したことのないコウキクサに対して、パーティクルボンバードメント法で2つの発光レポーターを同一細胞に共導入している。発光画像取得時にそれぞれの発光色を透過しやすいフィルタを使用することで、それぞれに由来する発光強度が算出できる。2つのリズムのピーク間隔が時間とともにずれている。
2. ウキクサ植物の季節など環境変動に対する多彩な成長相転換
ウキクサ植物は5属からなり、熱帯から亜寒帯まで世界中の淡水を有する地域に広く分布している。種によっては経度のみならず緯度的にも広く分布するものもある。そのため同種であっても、多彩な環境適応が生じていると考えられ、特に季節変化に応じた栄養成長から生殖成長への成長相転換時期の最適化は重要であり、その性質は同一種内でも大きくことなることが予想される。当分科では、世界や日本国内の様々な地域で採取され、栄養成長(クローン増殖)で維持されてきたウキクサの仲間を材料に、成長相転換様式の種内での多様性、特に日長変化への応答(光周性反応)に注目し、それらの多様性の理解をすすめている。例えば、アオウキクサ属(Lemna属)の植物には春から初夏にかけて開花する長日性の種と夏から秋にかけて開花する短日性の種が両方存在する。イボウキクサ(Lemna gibba)、コウキクサ(Lemna minor)は前者に属し、アオウキクサ(Lemna aequinoctialis)は後者に属する(図5)。これらの概日時計システム自体は他の植物とも類似したものであり、光周性の違いに直接関与するものではない。当分科では、形質転換が容易なコウキクサ(長日性)とケミカルバイオロジーに適したWolffiella hyalina(短日性)を主な材料として季節や生育環境変化による成長相転換時期決定様式・機構の解析を進めている。両種とも大陸をまたいで広範囲に分布している。光周期依存的な花成制御のほか、サリチル酸依存的な花成制御をもち、これらの応答様式に同種株間での違いを見出している。また、それらの花成制御の分子機構を明らかにするため、RNA-seqによる網羅的発現変動解析を行っている。
様々な日長条件における長日性イボウキクサ(L. gibba) G3株の花成の割合(左)。24時間周期中の昼(明期)の長さに対して花成率をプロットしてある。様々な日長条件における短日性ナンゴクアオウキクサ(L. aequinoctialis) 6746株の花成の割合(右)。
ウキクサの仲間は冬季や高生育密度・貧栄養などの悪環境期を種子の状態で切り抜ける種があるほか、デンプンを蓄積して水中に沈み休眠するタイプの種も存在する。例えば、キタグニコウキクサ(Lemna turionifera)は生育環境が悪化するとturionと呼ばれる休眠芽を発達させる(図6)。当分科で、高緯度地域に分布するキタグニコウキクサは、短日処理によって休眠を誘導できることを発見した。さらに、休眠の誘導される限界日長、暗期中断の影響、生育温度との関係を明らかにし、休眠芽を用いたRNA-seqによる網羅的発現変動解析を行うことで、光周期依存的な休眠誘導の分子機構の解明を目指している。

長日条件(15時間明期/9時間暗期)で栄養成長している植物(左)と短日条件(9時間明期/15時間暗期)で休眠芽を発達させている植物(右)。スケールバーは5 mm。矢印が発達してきた休眠芽。
3. 研究材料としてのウキクサ植物
ウキクサ植物は基礎研究から生物環境浄化、バイオマス燃料生産、機能性化合物の生産等の植物材料として期待されている。植物のバイオマス生産効率をあげる手法の一つとして、植物の成長を促進するバクテリアの利用が考えられており、それら有用微生物の選抜や応用研究のための植物材料としてウキクサは適している。当分科では、他研究室と共同で選抜法や成長促進の分子機構の解明を進めている(Khairina et al. 2021; Iguchi et al. 2019)。それらのバクテリアの中には昼夜応答を示すものもあり、植物表面の生態系における時間制御の可能性が示されている(Iguchi et al. 2018)。
当分科は、ウキクサ植物の日本におけるストックセンター的な役割を果たしている。現在、5属・32種にわたる約180株の国内外で採取されたウキクサ野生株、形質転換の可能なコウキクサ、キタグニコクイキクサについては約350株の遺伝子組換え体を無菌状態の継代培養によって維持している。これらの株の永続的な維持を目的に、大学連携バイオバックアッププロジェクトのサポートのもと、ウキクサ植物の液体窒素による凍結保管(Cryopreservation)技術の開発を進めている。この技術は、種子を介さず植物体をそのままの状態で半永久的に保存するものであり、有用株の絶滅を防げるだけでなく、クローン増殖するウキクサにとっては、時代を超えた同一植物の比較を可能にする点でも革新的な意味を持っている。
最近の主な発表論文
- Watanabe, E., Isoda, M., Muranaka, T., Ito, S., Oyama, T. Detection of uncoupled circadian rhythms in individual cells of Lemna minor using a dual-color bioluminescence monitoring system. (2021) Plant Cell Physiol. in press.
- Khairina, Y., Jog, R., Boonmak, C., Toyama, T., Oyama, T., Morikawa, M. Indigenous bacteria, an excellent reservoir of functional plant growth promoters for enhancing duckweed biomass yield on site. (2021) Chemosphere 268, 129247
- Ueno, K., Ito, S., Oyama, T. An endogenous basis for synchronization manners of the circadian rhythm in proliferating Lemna minor plants. BioRxiv DOI: 10.1101/2021.02.09.430421
- Takakura, R., Ichikawa, M., Oyama, T. A solvable model of entrainment ranges for the circadian rhythm under light/dark cycles. BioRxiv DOI: 10.1101/683615
- T. Muranaka, T. Oyama. The application of single cell bioluminescent imaging to monitor circadian rhythms of individual plant cells. (2020) Methods in Mol. Biol.–Bioluminescent Imaging– (Springer Nature), pp 231–242.
- Kanesaka, Y., Okada, M., Ito, S., Oyama T. Monitoring single-cell bioluminescence of Arabidopsis leaves to quantitatively evaluate the efficiency of a transiently introduced CRISPR/Cas9 system targeting the circadian clock gene ELF3. (2019) Plant Biotech. 36, 187–193.
- Iguchi, H. Umeda, R., Taga, H., Oyama, T. Yurimoto, H., Sakai, Y. Community composition and methane oxidation activity of methanotrophs associated with duckweeds in a fresh water lake. (2019) J. Biosci. Bioeng. 128,450–455.
- 村中智明、小山時隆 植物個体内の単一細胞発光モニタリング (2019) 実験医学別冊 『発光イメージング実験ガイド』(永井健治・小澤岳昌編)pp 145–158.
- Isoda, S., Oyama, T. (2018) Use of a duckweed species, Wolffiella hyalina, for whole-plant observation of physiological behavior at the single-cell level. Plant Biotech. 35, 387-391.
- Nakamura, S., Oyama, T. Long-term monitoring of bioluminescence circadian rhythms of cells in a transgenic Arabidopsis mesophyll protoplast culture. (2018) Plant Biotech. 35, 291-295.
- Iguchi, H., Yoshida, Y., Fujisawa, K., Taga, T., Yurimoto, H., Oyama, T., Sakai, Y. KaiC family proteins integratively control temperature-dependent UV resistance in Methylobacterium extorquens AM1. (2018) Environ. Micorbiol. Rep. 10, 634-643.
- Okada, M., Muranaka, T., Ito, S., Oyama, T. (2017) Synchrony of plant cellular circadian clocks with heterogeneous properties under light/dark cycles. Sci. Rep. 7, 317.
- Muranaka, T., Oyama, T. (2016) Heterogeneity of cellular circadian clocks in intact plants and its correction under light-dark cycles. Sci. Adv. 2, e1600500.
- Muranaka, T., Okada, M., Yomo, J., Kubota, S., Oyama, T. (2015) Characterization of circadian rhythms of various duckweeds. Plant Biol. 17, 66-74.
2020 年度学位論文
修士論文
- 吉永 彩夏「コウキクサの概日リズムの明暗応答性の解析」
メンバー
- 小山 時隆(准教授)
- 伊藤 照悟(助教)
- 大坪 真樹(研究補助員)
- 磯田 珠奈子(博士後期課程3年)
- 中村 駿志(博士後期課程3年)
- 羅 迪(Luo Di)(博士後期課程1年、国費留学)
- 上野 稜平(修士課程2年)
- 羅 秋嫻(Luo Qiuxian)(修士課程1年)
- 北山 七海(修士課程1年)
- 橋本 祐也(学部4回生)
- 伊藤 有希乃(教務補佐員)