植物生理学分科

詳しい研究内容


本研究室では、植物が自然界で適応するために獲得した頑健で柔軟な生物様式を明らかにしていくことを目的に、局所的な環境情報の受容から、細胞内での情報伝達機構、さらには組織・個体レベルの全身シグナル伝達様式について研究します。最先端の細胞観察技術や独自のマイクロデバイスを扱いながら、分子レベル、細胞レベル、組織レベル、個体レベルの研究を行い、植物が進化の上で獲得してきた多彩な生物システムを解明していきます。

1)植物の全身性シグナル伝達機構と適応戦略
多細胞生物は、個々に機能分化した異なる器官、異なる組織が協調して働くことで、個体レベルの機能をより適切に発揮させていると考えられます。固着生活を送る植物は、生態系における多様な生物・非生物環境のもと、個体の適応性を高めるため、個体の各所で受けた環境情報に対し局所的に応答すると同時に、個体内で情報交換するためのシステムを獲得してきました。
植物の全身性シグナル伝達は、篩管や道管といった維管束組織を介した植物ホルモン、small RNA、ペプチド、タンパク質等の分子送達で果たされていることが知られています。例えば、花成や栄養飢餓応答、乾燥ストレス応答等がこれら分子の送達を介して全身的に制御されていることが明らかとなってきています。特に、陸上で繁殖圏を拡大した高等植物の場合、mRNAもまた個体内にて輸送され、その種類は他の送達分子に比べて圧倒的に多いことを私たちは明らかにしてきました。しかし、mRNAが輸送される生物学的な意義は未だに不明であり、私たちはその輸送の分子機構と生理機能を明らかにしようとしています。既に、輸送されるmRNAの全体像を接木実験とバイオインフォマティクスを駆使することで網羅的に同定することに成功しています。現在は、その情報をもとにmRNAの長距離輸送の基本原理を明らかにしつつあるところです。さらに、個別の移動性mRNAの変異体を集め、それら変異体の表現型を解析することで、mRNAが輸送されることで果たされる生物機能にも迫っています。このように私たちは、変動する環境下で植物が発生成長をどのように全身で制御し、適応しているのか進化的な理解を目指しています(図1)。(関連投稿論文5)

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図1 移動性mRNAによる植物内の情報共有

全身性シグナル伝達の起点となる、環境情報の入力からシグナルの産生の詳細に迫る研究にも取り組んでいます。植物の環境応答は、まず局所的に起こり、複数の生物プロセスを経て全身に伝わります。植物に特徴的な局所的環境応答の事例として、光の受容、光合成が挙げられます。本研究室では青色光受容体フォトトロピンが制御する応答(光屈性・葉緑体運動・気孔開口・成長など)のメカニズムを分子生物学的手法・生化学的手法などを用いて研究しています。植物は、効率的に光エネルギーを獲得するため光の強度や方向に応じて細胞・組織・個体レベルで運動しています。この運動を制御するのがフォトトロピン(phot)です。青色光照射後、phot 分子がどこで青色光を受容し、その受容した情報をphot分子内でどのように伝達して、どんな因子に情報伝達するのかを一つずつ明らかにしたいと考えています(図2)。 (関連投稿論文16)

figure 2
図2 フォトトロピンが制御する植物応答

植物の光合成は葉緑体を中心として行われます。葉緑体は、植物が進化の過程で光合成細菌を細胞内共生させることで獲得したと考えられています。宿主真核細胞に細胞内共生した光合成細菌は、プラスチド(色素体、葉緑体)になる過程で、それ自身の機能や分化状態を細胞核に伝達し、必要な遺伝情報を核ゲノムから効率良く受け取る仕組(プラスチドシグナル)を作り出しています。シロイヌナズナでは、プラスチド内のクロロフィル合成やタンパク質合成、光合成電子伝達系の働きがシグナルとなって、GUN(Genomes Uncoupled)タンパクを介して核に伝わり、遺伝子発現が調節されます。これにより、植物はプラスチドを最適な状態に保ち、環境に適応すると考えられます。本研究室では、プラスチドシグナル伝達機構の解明を目指しています(図3)。(関連投稿論文17)

figure 3
図3 GUNプラスチドシグナル伝達による各遺伝子発現調節と生理機能

2)接木で変動する分子機構
全身のシグナル伝達経路の発揮を調べるために活用した実験法が接木でしたが、接木そのものが含む生物現象にも着目した研究を行っています。
接木は、二つ以上の植物を一つに接ぐことでそれぞれの持つ有用な性質を両方備えた植物をつくる方法であり、果樹や野菜などを対象に農業利用されています。紀元前から人類は接木を活用してきましたが、一般原則として、近縁な植物間でしか接木は成立せず、科が異なる遠縁な植物間では接木は不可能と考えられてきました。しかし、私たちはタバコ属植物を始めとするいくつかの植物種では、遠縁な植物の接木(異科接木)が可能であるということを世界で初めて発見しました(図4左)。また異科接木の解析によって、植物が傷を修復するときや寄生植物が宿主植物に寄生するときにも、接木と同様の機構が発動していることを見出しました。これらの現象で共通する機構として、自他認識、脱分化・分化様式、アポプラスト再編、組織再生があります。私たちは分子遺伝学的解析、バイオインフォマティクス、顕微鏡やX線イメージング技術などを駆使して、植物の接木の成立する仕組みの全容を明らかにしょうとしています。
多細胞生物は自己と非自己を認識し、一般に自己のみに親和性を持つと考えられています。接木の細胞生物学的な解析から、接木の境界部分でのオートファジーの活性化を見出しています。また植物ゲノムの解析からは活性酸素種の産生の抑制に働く未知の遺伝子の存在を発見しました。これら植物におけるオートファジーの分子機構やストレス下で増加する活性酸素種産生の抑制の作用機作の解明をとおして、植物の自他認識について理解を深めたいと考えています。
接木の境界面では細胞の脱分化や再構成が観察されますが、細胞壁の再構成はその初期に発生する機構であると考えられます。異科接木の解析から、この細胞壁の再構成に関わる遺伝子(β-1,4-グルカナーゼ遺伝子)の発現上昇が接木成立に大きく影響を及ぼすことがわかりました。この酵素が実際にどのような機能を持つことで細胞の接着に寄与しているのか解明しようとしています(図4右上)。
切断面の細胞同士の接着と並行して、上下の植物間には維管束組織の再構築が観察されます。特に道管の接続は異科接木においても明瞭に形成されることがわかっています。この道管の再構成について、遺伝子、分子レベルの解析、高解像度X線イメージングによって、その機構の解明を目指しています(図4右下)。(関連投稿論文1、6、9–15)

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図4 異科接木の組織癒合に重要なβ-1,4-グルカナーゼと、道管形成に関わる遺伝子の発現調節ネットワーク解析

3)植物のシンプラスト研究
mRNAを介した全身の情報伝達はシンプラズムを介していると考えられています。高等植物では、このシンプラズムの物理化学的な制御システムが、細胞間、組織間、ひいては器官間の挙動の制御に重要であると考えられます。そのため、以下のように歴史的に困難であった植物のシンプラスト研究を開始することにしました。
植物の細胞を特徴づける構造として、細胞壁の存在があります。植物の細胞の間にはこの細胞壁を貫通して2つの細胞質を直接連絡する原形質連絡(プラズモデスマータ)と呼ばれる構造があり、様々な物質の輸送(シンプラスト輸送)が行われています。この物質の移動は双方向の受動的な拡散と、厳密に制御された能動的な輸送の両方があると考えられています。しかし、その構造が微細であること、関連する因子の変異体では致死となってしまうことから、これまで研究が進んできませんでした。私たちは接木によって、2種類の植物から由来する細胞の境界で新しく原形質連絡が形成されることを発見し、さらにその時に働く遺伝子群を同定することに成功しました(図5左)。これらの遺伝子機能を詳しく調べるために、タバコ培養細胞(BY-2細胞)を用いた機能解析のための実験システムとしてマイクロデバイスを構築しました。BY-2は細胞が1列に並んだ状態で分裂を繰り返す特徴を持っており、細胞間の物質移動の観察に利用できます。私たちは培養液中に浮遊して増殖するBY-2細胞をトラップして、同一細胞を顕微鏡下で追跡観察できるマイクロデバイスを開発しました(図5右)。このデバイスを使用して、細胞間の物質輸送を調節する因子の作用を調べ、原形質連絡による物質輸送のメカニズムを解明したいと考えています。(関連投稿論文3、4、7)

figure 5
図5 異科接木境界部に形成された原形質連絡とBY-2を用いた原形質連絡の機能解析

最近の主な発表論文

  1. Huang C, Kurotani K, Tabata R, Mitsuda N, Sugita R, Tanoi K, Notaguchi M. (2023) Nicotiana benthamiana XYLEM CYSTEINE PROTEASE genes facilitate tracheary element formation in interfamily grafting. Horticulture Research, uhad072, DOI:10.1093/hr/uhad072
  2. Kurotani K, Hirakawa H, Shirasawa K, Tanizawa Y, Nakamura Y, Isobe S, Notaguchi M. (2023) Genome sequence and analysis of Nicotiana benthamiana, the model plant for interaction between organisms. Plant And Cell Physiology, 64: 248–257. DOI: 10.1093/pcp/pcac168
  3. Kurotani K, Kawakatsu Y, Kikkawa M, Tabata R, Kurihara D, Honda H, Shimizu K, Notaguchi M. (2022) Analysis of plasmodesmata permeability using cultured tobacco BY‑2 cells entrapped in microfluidic chips J. Plant Res. DOI:10.1007/s10265-022-01406-8
  4. Shimizu K*, Kawakatsu Y*, Kurotani K*, Kikkawa M, Tabata R, Kurihara D, Honda H. and Notaguchi M. (2022) Development of Microfluidic Chip for Entrapping Tobacco BY-2 Cells PLoS One 17(4): e0266982. DOI:10.1371/journal.pone.0266982
  5. Notaguchi M, Pallas V, Qiu J. and Xutong Wang X. (2022) Editorial: Systemic RNA Signalling in Plants. Front. Plant Sci. 13 Article 878728 DOI:10.3389/fpls.2022.878728
  6. Kurotani K, Huang C, Okayasu K, Ichihashi Y, Shirasu K, Suzuki T, Higashiyama T, Niwa M. and Michitaka Notaguchi M. (2022) Discovery of the interfamily grafting capacity of Petunia, a floricultural species Horticulture Research 9: uhab056 DOI: 10.1093/hr/uhab056
  7. Kurotani K and Notaguchi M. (2021) Cell-to-cell connection in plant grafting – molecular insights into symplasmic reconstruction. Plant Cell Physiol. 62, 1362–1371 DOI: 10.1093/pcp/pcab109/6319604
  8. Kawakatsu Y, Sakamoto T, Nakayama H, Kaminoyama K, Igarashi K, Yasugi M, Kudoh H, Nagano J A, Yano K, Kubo N, Notaguchi M and Kimura S. (2021) Combination of genetic analysis and ancient literature survey reveals the divergence of traditional Brassica rapa varieties from Kyoto, Japan. Hort. Research 8, 132 DOI:10.1038/s41438-021-00569-0
  9. Tsutsui H*, Kawakatsu Y* and Notaguchi M. (2021) A silicone micrografting chip in Arabidopsis thaliana. Bio-protocol. 11: 12. 10.21769/BioProtoc.4053
  10. Okayasu K, Aoki K, Kurotani K, Notaguchi M. (2021) Tissue adhesion between distant plant species in parasitism and grafting. Commun & Integ Biol 14, 21-23 DOI:10.1080/19420889.2021.1877016
  11. Kawakatsu Y, Sawai Y, Kurotani K, Shiratake K, Notaguchi M. (2020) An in vitro grafting method to quantify mechanical forces of adhering tissues. Plant Biotechnology 20.0925a DOI:10.5511/plantbiotechnology.20.0925a
  12. Notaguchi M, Kurotani K, Sato Y, Tabata R, Kawakatsu Y, Okayasu K, Sawai Y, Okada R, Asahina M, Ichihashi Y, Shirasu K, Suzuki T, Niwa M, Higashiyama T. (2020) Cell-cell adhesion in plant grafting is facilitated by β-1,4-glucanases. Science Vol. 369, Issue 6504: 698-702. DOI: 10.1126/science.abc3710
  13. Kurotani K*, Wakatake T*, Ichihashi Y, Okayasu K, Sawai Y, Ogawa S, Cui S, Suzuki T, Shirasu K, Notaguchi M. (2020) Host-parasite tissue adhesion by a secreted type of β-1,4-glucanase in the parasitic plant Phtheirospermum japonicum. Commun Biol 3, 407. DOI: 10.1038/s42003-020-01143-5
  14. Kurotani K, Tabata R, Kawakatsu Y, Sugita R, Okayasu K, Tanoi K, Notaguchi M. (2020) Autophagy is induced during plant grafting for wound healing. bioRxiv 2020.02.14.949453; DOI: 10.1101/2020.02.14.949453
  15. Tsutsui H, Yanagisawa N, Kawakatsu Y, Ikematsu S, Sawai Y, Tabata R, Arata H, Higashiyama T, Notaguchi M. (2020) Micrografting device for testing environmental conditions for grafting and systemic signaling in Arabidopsis. Plant J. DOI: 10.1111/tpj.14768
  16. Suzuki T, Mioka T, Tanaka K, Nagatani A (2020) An optogenetic system to control membrane phospholipid asymmetry through flippase activation in budding yeast. Sci Rep. 10, 12474.
  17. Shimizu T, Kacprzak SM, Mochizuki N, et al. (2019) The retrograde signaling protein GUN1 regulates tetrapyrrole biosynthesis. Proc Natl Acad Sci U S A 116, 24900-6.