形態統御学分科・年報(2021年度)

京都大学大学院 理学研究科 生物科学専攻 植物学教室・年報(2021 年度)

研究内容の概略

太陽光からエネルギーをえる植物は太陽の動きで生じる昼夜環境変動に対してうまく適応しなければならない。生物時計の一種である概日時計はその適応的な形質の一つとして捉えることができ、生物時計が示す時刻をうまく利用することで植物は変動環境のなかで生き抜いている。当分科では、植物の概日時計システムにおける階層性、時刻情報伝達様式、さらに時計合わせや時計の利用法を対象に、分子、細胞から個体、生態レベルまで多彩な視点から研究を進めている(図1)。また、小さいながらも多彩な生理学的側面を見せるウキクサ植物を材料として利用する点と生物発光レポーター系を駆使した実験をする点が当分科の特徴としてあげられる。

figure 1
図1 植物にみられる階層性と概日時計のイメージ図(ウキクサ植物をベース)

1.植物の概日リズムの挙動−単一植物細胞レベルから増殖する個体レベルまで−

概日時計システムは生物の計時機構を代表する普遍的なシステムであり、植物においても光エネルギー利用の最適化など非常に重要な役割をもっている。その基盤となる概日時計(振動体)は、バクテリア、真菌、動物、植物等でそれぞれ異なった構成因子で形成されているが、どの生物においても細胞単位で発振することが基本となっている。植物細胞は光受容機構を備えるため、昼夜の情報から細胞単位で時計の時刻(針)を調節することができると考えられているが、植物個体内では個々の細胞時計は近接細胞間相互作用や長距離時刻情報伝達などを介して時空間的に制御されて働くことが想定されている。当分科では、ウキクサの仲間を材料に個々の細胞時計の動き(つまり細胞概日リズム)から増殖している植物個体の概日時計の挙動まで、様々な階層の概日リズムの測定に成功している。ウキクサは単子葉類のサトイモ科に属し、個体サイズが小さく扁平で水面に浮いた状態で成長する。この構造的特徴から個体が増殖する状態でも、その主要部分(フロンドあるいは葉状体とよぶ)の上面が常に水平かつ水面からの距離(高さ)が一定になり、植物個体を一定の条件で高解像度に観測し続けることが可能となる。植物個体内の細胞概日時計の挙動は、パーティクルボンバードメント法により概日リズムを生じる生物発光レポーター遺伝子をウキクサ個体内の細胞にまばらに導入し、単一細胞由来の生物発光長期観測することで検出することができる(図2)。同一個体上でも単一細胞のリズムの性質は細胞間でバラつく他、同一細胞でも連続条件下でのサイクル毎のバラツキが非常に大きくなることを定量的に示した(Muranaka & Oyama 2016)。一方、まばらな細胞発光概日リズムの測定では、個体・組織内、あるいは成長部位での概日リズムの全体像を把握するのが困難である。概日発光リズムを示す形質転換ウキクサ(コウキクサ:Lemna minor)を材料に、増殖する植物個体における概日リズムの自律的な秩序形成にアプローチした(図3、Ueno et al. 2022)。連続明条件下では、各フロンド内の位相(時計の時刻)の空間パターンは細胞時計間の局所的なカップリング(お互いの時刻を揃えようとする作用)がおこることで、動的挙動を示すことを明らかにした。さらにカップリングの程度が発生に伴い低下していくことを仮定すれば、発生/成長を伴う様々な概日リズムの秩序形成様式を説明できることを数理モデルなどから明らかにした。局所的な細胞時計間の相互作用(カップリング)の動態が植物個体内の概日リズムの秩序形成の基本となることを提案している。

figure 2
図2 パーティクルボンバードメント法で発光レポーター(CaMV35S:PtRLUC)を導入したコウキクサ(Lemna minor)の明視野像(左)と生物発光像(右)。バーは2 mm。
figure 3
図3 連続明中でCCA1:LUC形質転換コウキクサのフロンドに生じた概日時計の位相(時刻)の空間パターンの一例
色はその領域が示している概日時計の位相を表している。このフロンドは明暗条件など外部環境変化を一度も受けておらず、自発的に生じた位相パターンであり、時間の経過とともに動的に変化する。

植物個体内で細胞間の時刻情報のやり取りを含む自律的な時計の制御機構については、原形質連絡などを介した細胞間の物質のやり取りが重要であると想定されているが、情報を受けた細胞内でのどのような変化が細胞時計に影響をあたえているかについては全く理解が進んでいない。当分科では、同一細胞内で発光色の異なる2つのレポーター遺伝子を発現させ、それらの発光時系列データを同時に取得できる実験系を確立した(図4、Watanabe et al. 2021)。時計遺伝子CCA1のプロモーター下で発現させたホタルのルシフェラーゼ(LUC: 黄緑色発光)と植物での過剰発現に頻用されるウィルス由来のCaMV35Sプロモーター下で発現させた色改変ルシフェラーゼ(PtRLUC: 橙-赤色発光)を用いた。CaMV35S:LUCの発光が概日リズムを示すことは当分科の研究で明らかになっていた。これらの2つの概日リズムは同一細胞で異なる周期を示すなど発光挙動に違いが見られるのみならず、同一個体内で位相関係(2つの”時計”の時刻の違い)が細胞毎に異なっていた。これらの現象は2つの発光リズムは同一細胞内で直接リンクしていないことを示している。時計遺伝子CCA1プロモーターの細胞発光リズムが時計遺伝子群で構成された細胞時計の挙動を表す一方で、CaMV35Sプロモーターによる細胞発光リズムは細胞時計の直接的な下流(出力)ではないことが考えられる。後者のリズムが生じるメカニズムは不明だが、その細胞周辺の平均的な概日リズムを示している可能性が考えられている。つまり、ある細胞内で自身の時計の時刻情報と周囲の細胞の時刻情報が共存していることを示唆しており、この実験系が細胞間の時刻情報伝達様式解明の糸口になると期待される。
植物個体内の細胞概日時計の挙動は周囲の細胞や組織の影響を受けており、細胞時計の“素の性質”については不明であった。そこで、生物発光概日リズムを生じる形質転換シロイヌナズナを材料にして、プロトプラスト化した細胞の発光リズム測定し、完全に孤立した細胞時計の挙動の解析を試みた(Nakamura & Oyama, 2022)。葉の葉肉細胞と根の細胞とでは、時計の明暗応答性や挙動の安定性が細胞レベルで異なっていることがわかった。このことから、周囲の細胞/組織の影響なしに、それぞれの細胞が置かれる環境(葉だと光/温度等が大きく日内変動するが、根は比較的一定)に適した性質の時計(振動素子)になっていることが示唆された。

figure 4
図4 同一細胞に導入されたCCA1:LUCCaMV35S:PtRLUC由来の発光リズム例
明暗同調を経験したことのないコウキクサに対して、パーティクルボンバードメント法で2つの発光レポーターを同一細胞に共導入している。発光画像取得時にそれぞれの発光色を透過しやすいフィルタを使用することで、それぞれに由来する発光強度が算出できる。2つのリズムのピーク間隔が時間とともにずれている。

2.植物の多彩な時間戦略

ウキクサ植物は5属からなり、熱帯から亜寒帯まで世界中の淡水を有する地域に広く分布している。大きな枠組みとしてはLemnoideae(普通に見かけるウキクサ)と形態退化の進んだWolffioideae(根がなく、分裂組織の数が減少している)に分けらる。種によっては経度のみならず緯度的にも広く分布するものもあるが、Wolffioideaeの仲間は低緯度地域に生育するものが多い。LemnoideaeからLemna属の8種、WolffioideaeからWolffiella属の7種の概日リズムは生物発光レポーター系で測定した(Isoda et al. 2022)。その結果、Lemna属のウキクサは条件によらず比較的安定した概日リズムを示した一方で、Wolffiella属は高温明条件下や低温条件下で概日リズムが不安定になることがあきらかとなった。また、Lemna属の中でも矮小化が進んだ種ではWolffiella属のリズムと似た不安定性を示す傾向がみられたため、ウキクサ植物では組織/器官の退化の程度と概日リズムの不安定化に関連性があると考えられた。当分科では、世界や日本国内の様々な地域で採取され、栄養成長(クローン増殖)で維持されてきたウキクサの仲間を材料に、成長相転換様式の種内での多様性、特に日長変化への応答(光周性反応)に注目し、それらの多様性の理解をすすめている。例えば、日本の水田で普通にみられるアオウキクサ(Lemna aequinoctialis)は日長が長いと花をつけない短日性の植物である。日本各地のアオウキクサ花成時期決定に重要な限界日長に緯度クライン(緯度と量的変化の相関)を見つけ、その限界日調の違いに概日時計の周期の多様性が要因となりうることを明らかにした(Muranaka et al. 2022)。また、Wolffiella hyalina(短日性)を主な材料として季節や生育環境変化による成長相転換時期決定様式・機構の解析を進めている。両種とも大陸をまたいで広範囲に分布している。光周期依存的な花成制御のほか、サリチル酸依存的な花成制御をもち、これらの応答様式に同種株間での違いを見出している。また、それらの花成制御の分子機構を明らかにするため、RNA-seqによる網羅的発現変動解析を行っている。

figure 5
図5 アオウキクサ属の光周期依存的な花成反応
様々な日長条件における長日性イボウキクサ(L. gibba) G3株の花成の割合(左)。24時間周期中の昼(明期)の長さに対して花成率をプロットしてある。様々な日長条件における短日性ナンゴクアオウキクサ(L. aequinoctialis) 6746株の花成の割合(右)。

ウキクサの仲間は冬季や高生育密度・貧栄養などの悪環境期を種子の状態で切り抜けるものがあるほか、デンプンを蓄積して水中に沈み休眠するタイプのものも多い。例えば、キタグニコウキクサ(Lemna turionifera)は生育環境が悪化するとturionと呼ばれる休眠芽を発達させる(図6)。当分科で、高緯度地域に分布するキタグニコウキクサは、短日処理によって休眠を誘導できることを発見した。さらに、休眠の誘導される限界日長、暗期中断の影響、生育温度との関係を明らかにし、休眠芽を用いたRNA-seqによる網羅的発現変動解析を行うことで、光周期依存的な休眠誘導の分子機構の解明を目指している。

figure 6
図6 キタグニコウキクサの光周期依存的な休眠芽形成
長日条件(15時間明期/9時間暗期)で栄養成長している植物(左)と短日条件(9時間明期/15時間暗期)で休眠芽を発達させている植物(右)。スケールバーは5 mm。矢印が発達してきた休眠芽。

3. 研究材料としてのウキクサ植物

ウキクサ植物は基礎研究から生物環境浄化、バイオマス燃料生産、機能性化合物の生産等の植物材料として期待されている(Acosta et al. 2021)。植物のバイオマス生産効率をあげる手法の一つとして、植物の成長を促進するバクテリアの利用が考えられており、それら有用微生物の選抜や応用研究のための植物材料としてウキクサは適している。当分科では、他研究室と共同で選抜法や成長促進の分子機構の解明を進めている(Khairina et al. 2021; Iguchi et al. 2019)。
 当分科は、ウキクサ植物の日本におけるストックセンター的な役割を果たしている。現在、5属・32種にわたる約180株の国内外で採取されたウキクサ野生株、形質転換の可能なコウキクサ、キタグニコクイキクサについては約350株の遺伝子組換え体を無菌状態の継代培養によって研究室で維持している。これらの株の永続的な維持を目的に、大学連携バイオバックアッププロジェクトのサポートのもと、ウキクサ植物の液体窒素による凍結保管(Cryopreservation)技術の開発を進めている。この技術は、種子を介さず植物体をそのままの状態で半永久的に保存するものであり、有用株の絶滅を防げるだけでなく、クローン増殖するウキクサにとっては、時代を超えた同一植物の比較を可能にする点でも革新的な意味を持っている。

最近の主な発表論文

  1. Muranaka, T., Ito, S., Kudoh, H., Oyama, T. (2022) Circadian-period variation underlies the local adaptation of photoperiodism in the short-day plant Lemna aequinoctialis. birRxiv. doi:10.1101/2022.03.09.483716
  2. Isoda, M., Ito, S., Oyama, T. (2022) Interspecific divergence of circadian properties in duckweed plants. Plant Cell Environ. in press.
  3. Nakamura, S., Oyama, T. (2022) Adaptive diversification in the cellular circadian behavior of Arabidopsis leaf- and root-derived cells. Plant Cell Physiol. 63, 421-432.
  4. Ueno, K., Ito, S., Oyama, T. (2022) An endogenous basis for synchronization manners of the circadian rhythm in proliferating Lemna minor plants. New Phytol. 233, 2203-2215
  5. Acosta, K., Appenroth, K.J., Borisjuk, L., Edelman, M., Heinig, U., Jansen, M.A.K., Oyama, T., Pasaribu, B., Schubert, I., Sorrels, S., Sree, K.S., Xu, S., Michael, T.P., Lam, E. (2021) Return of the Lemnaceae: duckweed as a model plant system in the genomics and postgenomics era. Plant Cell 33, 3207–3234.
  6. Yoshida, A., Taoka, K., Hosaka, A., Tanaka, K., Kobayashi, H., Muranaka, T., Toyooka, K., Oyama, T. and Tsuji, H. (2021) Characterization of frond and flower development and identification of FT and FD genes from duckweed Lemna aequinoctialis Nd. Front. Plant Sci. 112 697206.
  7. Watanabe, E., Isoda, M., Muranaka, T., Ito, S., Oyama, T. (2021) Detection of uncoupled circadian rhythms in individual cells of Lemna minor using a dual-color bioluminescence monitoring system. Plant Cell Physiol. 62, 815-826.
  8. Khairina, Y., Jog, R., Boonmak, C., Toyama, T., Oyama, T., Morikawa, M. Indigenous bacteria, an excellent reservoir of functional plant growth promoters for enhancing duckweed biomass yield on site. (2021) Chemosphere 268, 129247
  9. Iguchi, H. Umeda, R., Taga, H., Oyama, T. Yurimoto, H., Sakai, Y. Community composition and methane oxidation activity of methanotrophs associated with duckweeds in a fresh water lake. (2019) J. Biosci. Bioeng. 128,450–455.
  10. 村中智明、小山時隆 植物個体内の単一細胞発光モニタリング (2019) 実験医学別冊 『発光イメージング実験ガイド』(永井健治・小澤岳昌編)pp 145–158.
  11. Muranaka, T., Oyama, T. (2016) Heterogeneity of cellular circadian clocks in intact plants and its correction under light-dark cycles. Sci. Adv. 2, e1600500.
  12. 2021 年度学位論文

    修士論文

  • 上野 稜平「植物個体におけるCRISPR/Cas9誘発性の1細胞生物発光レポーター系の構築」

メンバー

(2022年4月1日現在)
  • 小山 時隆(准教授)
  • 伊藤 照悟(助教)
  • 大坪 真樹(研究補助員)
  • 磯田 珠奈子(日本学術振興会特別研究員PD)
  • 羅 迪(Luo Di)(博士後期課程2年、国費留学)
  • 上野 稜平(博士後期課程1年)
  • 羅 秋嫻(Luo Qiuxian)(修士課程2年)
  • 北山 七海(修士課程2年)
  • 相磯 豪志(修士課程1年)
  • 橋本 祐也(学部4回生)
  • 堀川 湧(学部4回生)
  • 湊 亮佑(学部4回生)
  • 井上 賢登(学部4回生)
  • 高田 尚香(学部4回生)
  • 廣津 尚仁(学部4回生)
  • 伊藤 有希乃(教務補佐員)